痺れに対する漢方薬処方
- 良い適応となる状態
いわゆる神経痛に対して漢方薬は良い適応であるが、現代医学が対応困難な痺れにも適応できる。
処方前に押さえておくべきこと
・器質的疾患を除外し現代医学で診断できるものはきちんと診断しておく。
・例えば手根管症候群、肘部管症候群などの絞扼性末梢神経障害はその神経支配に従った典型的な症候を示す。
・運動麻痺では感覚障害を伴わず片方上肢の脱力で始まる筋萎縮性側索硬化症の可能性がある。
第一選択薬:
・坐骨神経痛による歌詞の痛み・痺れ:疎経活血湯
・加齢に伴う下肢の痺れ・筋力低下:八味地黄丸・牛車腎気丸
・上肢の痺れ・胃腸虚弱者・発汗傾向:桂枝加苓朮附湯
第一選択薬が効かない時やそのほかの特徴的な症候を示している場合には?
→しもやけ等の末梢循環不全による痺れ:当帰四逆加呉茱萸生姜湯
→臍傍圧痛・経過の長い者:桂枝茯苓丸
→地黄で胃もたれするもの、めまい、下痢、冷え症:真武湯
→痺れや痛みでイライラや不安感が強いもの:抑肝散
→多愁訴で症状が変遷するもの:加味逍遙散
→皮膚がムズムズして蟻走感を訴えるもの:桂枝加黄耆湯
→顔面の痛み(三叉神経痛):五苓散
便秘・下痢に対する漢方薬処方
- 良い適応となる状態
悪性腫瘍などの器質的疾患のない常習便秘や下痢の場合は過敏性腸症候群が漢方治療の良い適応となる。
処方前に押さえておくべきこと
・便秘の場合:通常の下剤で腹痛やひどい下痢になる症例(虚証)には大黄を含む方材の処方には注意。使用には少量から開始する。
・下痢の場合:下痢の原因を探る。感染性のものであれば抗菌薬を用いることもあるが、西洋薬で治療効果の薄い慢性化した状態に漢方薬が用いられる。
- 便秘編
第一選択薬:便秘以外に特別な症状がない場合は大黄甘草湯
第一選択薬が効かない時やそのほかの特徴的な症候を示している場合には?
実証型
→大黄甘草湯が効かずに残便感があり、腹力中等度以上:調胃承気湯
→腹部膨満し硬く張り、皮下脂肪が厚い、抑鬱状態:大承気湯
→自覚的に上腹部が張り胸脇苦満があり、肩こり、不眠症状がある:大柴胡湯
→のぼせ気味で精神不安、顔面紅潮、腹力中等度以上:三黄瀉心湯
→体力あり、のぼせ、頭痛、精神・神経症状強く、小腹急結、瘀血あり:桃核承気湯
高齢者
→体力のない高齢者・夜間多尿・大病後の潤いのない便:麻子仁丸
→皮膚乾燥、手足のほてり、兎糞状の便:潤腸湯
→夜間頻尿・疲労感強く・腰痛・夕方の歌詞の浮腫:八味地黄丸
小児や胃腸虚弱型
→中間証・胸脇苦満を目標に。小児の便秘:小柴胡湯
→虚証・腹満あり・兎糞状の便:小建中湯
- 下痢編
第一選択薬:腹痛、腹満のある下痢には:桂枝加芍薬湯
第一選択薬が効かない時やそのほかの特徴的な症候を示している場合には?
→便秘傾向ではあるが一度出ると軟便や下痢便になる:桂枝加芍薬大黄湯
→虚弱体質で腹痛が強い場合:小建中湯
→ガス貯留と冷えのある下腹部痛・超蠕動亢進を認める:大建中湯
→小児の下痢・口渇・尿量減少する水溶性下痢:五苓散
→手足や腹部の冷え・虚証の下痢:人参湯
→もたれや悪心を伴う中間証から実証の下痢:半夏瀉心湯
→頭痛や四肢の冷えを伴う虚弱体質:呉茱萸湯
→胃腸虚弱で抑うつ傾向:香蘇散
→腹痛はあまりない・虚証や高齢者の下痢、食事の後にすぐ生じる下痢、早朝の下痢:真武湯
→人参湯や真武湯が無効な下痢:啓脾湯
腹痛・腹部膨満感に対する漢方薬処方
- 良い適応となる状態
上腹部では胃炎・消化性潰瘍・機能性ディスペプシアなどが適応。下腹部では過敏性腸症候群や瘀血による腹痛、寒冷刺激による腹痛などである。腹部膨満の代表疾患であるイレウスは現代医学的治療に漢方薬を併用すると効果的で、開腹術後も良い適応である。
処方前に押さえておくべきこと
・腹痛の原因は西洋医学的に十分検索しておくことが必要である。急性腹症を見逃さないことが重要。
・寒冷刺激が腹痛を引き起こすことを念頭に置いて診察する。実臨床ではこのタイプの腹痛はしばしば見られる。
・腹部膨満を訴える場合はイレウスの有無、ガス貯留や便秘の有無を確認する。
・ストレスが原因と考えられる腹痛・腹部膨満があることを念頭におく。
第一選択薬が効かない時やそのほかの特徴的な症候を示している場合には?
胃炎・消化性潰瘍
→急激な痛み:芍薬甘草湯の頓用
→痩せ型・冷え症・みぞおちの痛み:安中散
→がっしり型・胃炎・海洋で痛みが強い:黄連湯・黄連解毒湯
→強いストレスが原因している場合:四逆散
→弱いストレスが原因している場合:柴胡桂枝湯
機能性ディスペプシア
→痩せ型:四君子湯、六君子湯(みぞおちの痛みには効果が弱い)
→中間型:半夏瀉心湯
→がっしり型・痛みが強い:黄連解毒湯
→心理的要因が強い:香蘇散、半夏厚朴湯
胆石発作
→第一選択:大柴胡湯
→痛みが強い時:芍薬甘草湯を頓用
慢性膵炎
→第一選択:柴胡桂枝湯
→痛みが強い時:芍薬甘草湯を頓用
→腹満・腹痛:第一選択 桂枝加芍薬湯
→腹満・便秘:桂枝加芍薬大黄湯
→お腹がゴロゴロする・下痢:半夏瀉心湯
→寒冷刺激で胃痛・下痢:人参湯
→便秘下痢交替型:柴胡桂枝湯、四逆散
→小児の腹満・便秘・下痢:小建中湯
→神経質で几帳面な性格:半夏厚朴湯
→抑うつ傾向:香蘇散
瘀血(末梢循環不全)による腹痛
→臍傍の圧痛・痩せ型:当帰芍薬散
→臍傍の圧痛・がっしり型:桂枝茯苓丸
→S状結腸の圧痛・便秘:桃核承気湯
寒冷刺激による腹痛
→お腹が冷えて便秘・腹満:大建中湯
→下半身が冷えて腹痛が出現:当帰四逆加呉茱萸生姜湯
→お腹の冷えや下痢を伴う:人参湯
イレウス・腹部膨満
→腸管ガスが多い・腹部の冷え:第一選択肢 大建中湯
→痛みを伴う腹部膨満:大建中湯+桂枝加芍薬湯
→開腹手術後の麻痺性イレウス:大建中湯
便秘を伴う腹部膨満
→便秘を伴う腹部膨満・がっしり型:大承気湯
→便秘を伴う腹部膨満・中間型:調胃承気湯
臨床所見よりも自覚症状が強い腹部膨満感
→他覚所見は乏しいが訴えは強い:半夏厚朴湯
→他覚所見は乏しく、イライラが強い:抑肝散
- 腹痛・腹部膨満感とは?なぜ起こる?
・急性腹症と呼ばれる手術などの救急処置を必要とする疾患は漢方薬の治療からは除外される。
・上腹部痛には腹部X線検査、上部内視鏡検査、腹部超音波検査などを実施
・胃炎・消化性潰瘍に対してはH2受容体拮抗薬やPPI。補助的に漢方というスタンス
・保存的に治療が可能な癒着性イレウスの場合は通常ドレナージ治療とともに漢方薬の併用は有効であることが多く、軽症の場合は大建中湯などの漢方薬だけでも改善が見られる。
不眠に対する漢方薬処方
- 良い適応となる状態
精神生理性不眠。現代医学的には取り上げない冷えやほてりのための不眠も良い適応となる。
処方前に押さえておくべきこと
・不眠の訴えに対して原因を踏まえた上でまず生活指導を行うことが不可欠。その上で投薬
・漢方薬がよく効くケースもあるので選択肢の一つとして取り入れることも考慮。
・特に高齢者に対する睡眠薬投与の場合、転倒、ふらつきのリスクを念頭におく必要があり、その上で筋弛緩作用がより少ない漢方薬が有利な場合がある。
・精神病性不眠や神経症性不眠の場合には漢方治療は補助的な役割にとどまる。不眠が身体疾患の増悪要因となる場合には、睡眠薬との併用も考慮する。
第一選択薬: 抑肝散
第一選択薬が効かない時やそのほかの特徴的な症候を示している場合には?
→寝つきが悪い場合:黄連解毒湯
→中途覚醒が多く熟眠感がない場合:竹筎温胆湯
→胃腸虚弱で一晩中うつうつとしている場合:帰脾湯
→高齢者の場合:酸棗仁湯
- 不眠とは?なぜ起こる?
睡眠障害の分類
1 不眠症 |
|
2 睡眠関連呼吸障害 |
閉塞性睡眠時無呼吸症候群など |
3 中枢性過眠症 |
ナルコレプシー、行動誘発性睡眠不足症候群など |
4 概日リズム睡眠障害 |
睡眠相後退症候群など |
5 睡眠時随伴症 |
REM睡眠行動障害など |
6 睡眠関連運動障害 |
ムズムズ脚症候群、周期性四肢運動障害など |
7 孤発性の諸症状 |
長時間睡眠者、いびき、寝言など |
8 その他 |
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不眠の原因による分類
1 環境性不眠 |
暑さ、騒音などによるもので治療対象にはない |
2 身体性不眠 |
発熱、痛み、かゆみなどによるもので原因疾患の治療を優先する。 |
3 精神性不眠 |
原因疾患の治療が原則 |
4 神経症性不眠 |
原因疾患の治療が原則 |
5 精神生理性不眠 |
かつては神経質性不眠と呼ばれていた。漢方が良い適応 |
1 |
睡眠時間には個人差があるので8時間にこだわらない |
2 |
刺激物を避けてリラックスする。 |
3 |
就寝時間にこだわらず眠くなってから寝る |
4 |
同じ時刻に毎日起床 |
5 |
光の利用 |
6 |
規則的な食事、規則的な運動習慣 |
7 |
昼寝は15時前 20〜30分 |
8 |
眠りが浅いときは遅寝、早起き |
9 |
いびき、呼吸停止、足のムズムズ感は注意 |
10 |
十分眠っても日中の眠気が強ければ専門医に相談 |
11 |
睡眠薬の代わりに寝酒は不眠のもと |
12 |
睡眠薬の服用は医者の指導のもとで |
漢方医学的な不眠は3つに分類される。
1 興奮状態で眠れない(眠る直前までパソコン画面を見ているなど)
黄連解毒湯、柴胡加竜骨牡蛎湯などが良い適応
2 不安感が強くて眠れない(今晩また眠れないのではないかと心配で眠れない)
柴胡桂枝乾姜湯、加味帰脾湯、加味逍遙散などが良い適応。興奮状態・不安があれば抑肝散も良い適応。
3 心身共に過労で眠れない(高齢者の不眠が多く含まれる)
酸棗仁湯が良い適応。
・悪夢・多夢などの場合→抑肝散・柴胡加竜骨牡蛎湯で効果が見られる場合がある。
・REM睡眠行動障害はレビー小体病で有名であるが、大くは抑肝散で改善を認める。
頻尿・排尿困難に対する漢方薬処方
- 良い適応となる状態
加齢に伴う下部尿路疾患、特に過活動膀胱や前立腺肥大症の初期病期と慢性膀胱炎が良い適応
処方前に押さえておくべきこと
・下部尿路症状には頻尿や排尿困難の他に尿意切迫感・尿失禁・残尿感・排尿痛などがあり重複が多く見られる。
・原因は加齢の他に心因性・冷え性・更年期症候群・睡眠障害・多飲習慣・西洋薬の副作用など多岐にわたる。
・進行例では外科的処置や西洋薬治療を優先すべき疾患であることから漢方薬の限界や不適応病態も念頭に置く。
第一選択薬: 中高年の泌尿生殖器症状には八味地黄丸
第一選択薬が効かない時やそのほかの特徴的な症候を示している場合には?
八味地黄丸が有効な症例でさらに
→手足の冷え・しびれが強い場合:牛車腎気丸
→のぼせ感・ほてり感を訴える場合:六味丸
→胃腸虚弱で胃腸障害が出る場合:清心蓮子飲
→体力衰弱・寒がり・四肢冷感・胃腸虚弱が強い場合:真武湯
第二選択薬は清熱利水剤
→証は幅広く使用可能・発症1ヶ月以内:猪苓湯
→中間証〜やや虚証・発症1ヶ月以降・慢性化:猪苓湯合四物湯
→実証・急性〜慢性・痛みが比較的激しい:竜胆瀉肝湯
→中間証〜やや虚証・慢性・痛みが比較的軽い:五淋散
→虚証・慢性・冷え性で神経質・胃腸虚弱:清心蓮子飲
寒さで症状が増悪する場合
→虚証・冷え性で体質虚弱・手足足先の冷え:当帰四逆加呉茱萸生姜湯
→虚証・腰部〜歌詞の冷えと痛み:苓姜朮甘湯
→虚証・易疲労感・多数の変化する自律神経失調症状:加味逍遙散
→中間証〜やや実証・骨盤腔内静脈うっ滞症候群:桂枝茯苓丸
→慢性疾患・体力低下+全身倦怠感+食欲不振:補中益気湯
→十全大補湯の証に+健忘+呼吸器症状:人参養栄湯
鼻水・鼻づまりに対する漢方薬処方
- 良い適応となる状態
アレルギー性鼻炎は通年性・季節性を問わず良い適応となる代表的な疾患である。
処方前に押さえておくべきこと
・アレルギー性鼻炎には麻黄剤がとても有効ではあるが、麻黄はエフェドリン、プソイドエフェドリンを主成分とするため注意が必要である。
・麻黄を含むのは小青竜湯・麻黄附子細辛湯・越婢加朮湯・葛根湯加川芎辛夷である。
・胃腸虚弱、心血管系疾患、重度高血圧、重度腎障害、排尿障害、不眠症、甲状腺疾患、緑内障を有するものや高齢者、妊娠中には使用しないようにする。
第一選択薬: 小青竜湯
第一選択薬が効かない時やそのほかの特徴的な症候を示している場合には?
→非常な寒がり・胃腸に問題なし:麻黄附子細辛湯
→非常な寒がり・胃腸が心配:麻黄附子細辛湯と桂枝湯を併用
→暑がりで汗っかき・体格良好で胃腸は丈夫・目や皮膚のかゆみ:越婢加朮湯
→顔がほてる・めまい・脈が速い:苓桂朮甘湯
→胃腸が弱い虚弱児・皮膚症状・体質改善を兼ねて:黄耆建中湯
→胃腸が弱く小青竜湯が飲めない:苓甘姜味辛夏仁湯
→高齢者の鼻水:桂枝湯・人参湯
頭痛に対する漢方薬処方
- 良い適応となる状態
漢方治療は偏頭痛や緊張型頭痛などの一次性頭痛に良い適応がある。薬物乱用頭痛対策にも有効である。
処方前に押さえておくべきこと
・頭痛は大きく分けて一次性と二次性がある。
・一次性頭痛とは頭痛そのものを呈する疾患であり、偏頭痛や緊張型頭痛などの慢性頭痛が含まれる。漢方は主にこのような一次性頭痛に適応がある。
・二次性頭痛でも脳血管障害の慢性期に出現する頭痛や高血圧の治療後に残存する頭痛などには漢方薬が奏功する場合がある。
第一選択薬
・冷え性ではない場合は五苓散
第一選択薬が効かない時やそのほかの特徴的な症候を示している場合には?
→第一選択が無効の場合には呉茱萸湯と五苓散を相互に入れ替えてみたり、併用したりして効果判定を行う。
第一選択がいずれも無効の場合、あるいは特徴的症候がある場合は
→雨天で悪化・水毒所見がある・冷え性でない:五苓散
→雨天で悪化・水毒所見がある・胃腸虚弱・冷え性:半夏白朮天麻湯
→天候の変わり目に悪化・抑うつ気分がある:香蘇散
月経と関連 瘀血所見がある
→月経と関連して悪化・のぼせやすい:桂枝茯苓丸
肩や首のコリがある
→肩こり・肋骨弓下のはり・腹直筋の緊張:柴胡桂枝湯
→首のコリ・胃腸虚弱なし:葛根湯
→首のコリ・胃腸虚弱あり:桂枝加葛根湯
→肩甲骨部のコリ・イライラ:抑肝散
高血圧傾向
→のぼせ・赤ら顔・イライラ・体力があり胃腸は丈夫:黄連解毒湯
→中高年世代の朝の頭重感・耳鳴り・脳血管障害の既往:釣藤散